もし2010年に金融緩和をしていたら

金融政策

2013年春、菅直人元総理との対話

自民党に再政権交代して、安倍晋三内閣が発足して間もない2013年の春、ある会合で菅直人元総理と同席した。「金子君の言うとおりの政策を自民党が採ったね、この円安株高は続くかね」と問われた。「続きます」そう答えて、私はさらに付け加えた。「これを総理の政権下で実現したかったです。そうすれば総選挙の結果も違ったでしょう」と。答えはなかった。

私が金融緩和の必要性を訴えはじめたのは、それよりずっと前である。2003年に初めて選挙に挑んだ時点から、日銀改革とインフレ目標の導入を主張してきた。参議院議員となってからは、党内では少数派だったがデフレ脱却議員連盟を立ち上げるなどして、繰り返し求め続けた。しかし当時の民主党執行部にはまったく聞き入れられなかった。そして円高デフレ不況の中、民主党は政権を失った。

その3年間に何が起きたかを、いま振り返っておきたい。誰かを責めるためではない。金融政策のミスが何を犠牲にするのかを考えるためである。

動かなかった3年

2008年のリーマン・ショックのあと、主要国の中央銀行は一斉に大規模な緩和へ動いた。市場に資金を供給し、自国通貨の膨張を許容した。しかし、愚かなことに、「リーマンショックの悪影響は『金融機関』にはまったく生じていない」との口実で、日本銀行だけが動かなかった。

通貨の供給量を増やさない国の通貨が独歩高になるのは、市場メカニズムどおりの帰結である。円は2011年10月に1ドル75円台をつけた。1ドル80円を割る水準では、国内で作って輸出する採算は成立しない。

その結果が、雇用に出た。完全失業率は2009年7月に5.5パーセントまで上昇し、統計を取り始めて以来の最悪の数字となった。求人は求職者の半数にも届かなかった。企業の経常利益は2007年度からの2年間で4割が消えた。

そして2010年前後に社会へ出た世代は、本人の能力とも努力とも無関係に、正規雇用の入口を閉ざされた。第二の就職氷河期である。

党派を超えて動いた

自らの党内で通らないのであれば、外に働きかけるほかない。私は当時、野党の衆議院議員であった安倍晋三氏に対して、金融緩和とインフレ目標の導入を繰り返し提言した。所属する政党は違ったが、この一点において考えを共有できると判断したからである。デフレ脱却議連や他の議連、超党派の場でも同じことを訴え続けた。

政策は、党派の持ち物ではない。

流れが変わったのは2012年の解散総選挙の直前、特に安倍晋三政権の元、2013年1月、政府と日本銀行が2パーセントの物価安定目標を共有する共同声明を結んでからだ。アコードと呼ばれるこの一枚の文書によって、日本の金融政策は転換した。

アベノミクスの金融政策について、私は大変評価している。実施したのは自民党政権であり、私はその外にいた。それでも、あの転換がなければ雇用の回復はさらに遅れていた。事実としてそうである以上、党派を理由に評価を変えるつもりはない。実際、共同声明の後、失業率は下がり続け、企業収益は回復し、新卒の就職環境は一変した。第二次就職氷河期は終わった。

3年の遅れが意味するもの

もし2010年の時点で同じ判断がなされていたら、何が違ったか。どれほどの企業が倒産せずにすんだことか、どれほど自裁に至った方々の人数が減ったことか。氷河期に卒業年次が重ならずに済んだ人々がどれほどいただろうか。それを考えると当時の頑迷な執行部の反対を打ち破れなかった自分の無力さが残念でなりません。

雇用は、後から取り戻せる種類のものではない。景気が回復すれば失業率は下がるが、その間に廃業した工場は戻らず、非正規で社会に出た者のキャリアも巻き戻らない。株式相場は上がっても、失われた3年は戻らない。

『孫子』に、「亡国は以て復た存す可からず、死者は以て復た生く可からず(国は滅びたら二度と元に戻せないし、死んだ人間は生き返らない)」という記述がある。私は金融政策の転換が遅れたために日本の社会に大きな傷跡を残してしまったことを思い起こすたびにこのくだりを思い出す。

金融政策は、往々にして金融商品の観点で金利や為替の数字の問題としてだけ語られがちである。だが実際に支払われる代償はそんなに生易しいものではない。

判断の順序を誤らないために

この経験から引き出すべき教訓は、金融政策は、賃金と雇用をしっかりと見て行うべきだということだ。

いまの日本経済は、緩やかにではあるが改善してきている。企業収益は過去最高を更新し、雇用も逼迫している。いずれ金融政策が正常化へ向かうこと自体は、当然の道筋である。

しかし問題はその時期と根拠だ。物価が上がっているという一点だけを引き締めの理由にするのであれば、大変危険である。物価上昇には性質の異なる2種類がある。需要が供給を上回って生じる景気の過熱によるものと、原油など輸入する原材料やエネルギーの費用が上がって生じるものである。現在の主因は後者のコストプッシュだ。

景気が過熱し、旺盛な需要が国内の供給能力を上回って物価を押し上げているのならいざ知らず、いま起きているのはそれとは別のものである。ここで金利を上げても、原油や穀物の国際価格は下がらない。下がるのは国内の需要だけだ。

日本銀行は2000年と2006年にも、物価の一時的な改善を根拠に引き締めへ転じ、二度とも撤回を余儀なくされている。判断の基準は、物価指標が一時的にどう動いたかではない。実質賃金が複数年にわたって持続的に上昇し、企業が正当な価格転嫁を当たり前にできる状態が定着したかどうかである。改善しつつある流れを、確かなものにするために、失業率5.5パーセントという数字を二度と見ないために、日銀官僚が強く推し進める金融引締めには慎重でなければならない。

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