利上げを急いではならない。デフレ脱却はまだ終わっていない

金融政策の引き締めを急いではならない。物価が上がっているという一点だけを見て金利を上げれば、賃上げの芽を摘み、30年かけてようやく手が届きかけたデフレからの脱却を、また振り出しに戻すことになる。

インフレ目標2%という数字があるが、重要な判断の基準は実質賃金が持続的に上昇し、企業が正当な価格転嫁を当たり前にできる状態が定着したかどうかである。そこに至るまで、引き締めに転じてはならない。

いまの物価上昇は、輸入コストによるものである

物価上昇には性質の異なる2種類がある。需要が供給を上回って生じるものと、原材料やエネルギーの調達費用が上がって生じるものである。前者をディマンドプル、後者をコストプッシュという。現在の日本の物価上昇の主因は、後者である。エネルギーと食料の輸入価格、そして円安を通じて、コストが川上から川下へ転嫁されている。国内の需要が沸き立って生じたものではない。この区別は、机上の分類ではない。処方箋がまったく異なるからだ。

需要が過熱しているのならいざ知らず、輸入コストに押されて上がる物価に対して金利を引き上げても、原油や穀物の国際価格が下がるわけではない。下がるのは国内の需要である。企業は投資を控え、家計は消費を絞り、賃上げの原資が失われる。物価上昇の原因には手が届かないまま、経済だけが冷える。

2000年と2006年に、何が起きたか

日本銀行は、同じ誤りを二度犯している。2000年8月、米国でのITバブル崩壊直後、わが国の景気の持ち直しを理由にゼロ金利政策を解除した。その直後に情報技術関連の需要が失速し、日本経済は再び後退局面に入る。半年後、日銀は解除を撤回して緩和に戻らざるをえなかった。2006年、量的緩和とゼロ金利を相次いで解除した。このときも、物価がわずかにプラスに転じたことが根拠とされた。しかし賃金の上昇は定着しておらず、その後の世界的な金融危機によって、日本は真っ先にデフレへ逆戻りした。

二度とも共通しているのは、判断の根拠が物価指標の一時的なプラスへの改善であったことだ。当時はインフレ目標2%は導入されていなかったし、賃金が持続的に上がる循環ができたかどうかも、むろん確かめられていなかった。

デフレは、一度戻ればそこから抜け出すのに10年単位の時間を要する。金利を引き上げるのが早すぎた場合の損失と、遅すぎた場合の損失は、まったく釣り合わない。遅れて生じるのは一時的な物価の上振れにすぎないが、早すぎた場合に生じるのは失われた10年の再来である。

もう一点、見過ごされている論点がある。日本銀行が民間銀行の当座預金に付す利息、いわゆる付利の問題だ。政策金利を引き上げれば、日銀から民間銀行への利払いが膨らむ。日銀から銀行への補助金である。その分だけ日銀の収益は圧迫され、国庫への納付金は減る。利上げの費用は、金利という形で企業と家計にかかるだけでなく、財政の側にも回ってくる。この点が国民に十分説明されているとは言いがたい。

想定される反論に答える

第一に、円安を止めるために利上げが必要だという主張がある。金利差が為替に影響することは事実である。しかし為替を一定水準に保つことを目標に金融政策を運営すれば、国内の物価と雇用に対する責任を放棄することになる。かりに円安の是正が必要であったとしても、国内の需要、雇用を犠牲にし、不況を招いてまでも達成すべきものではない。

第二に、緩和が長すぎて副作用が蓄積しているという指摘がある。金融機関の収益や市場機能への影響は、確かに存在はする。だがわが国の産業全体からみれば一部分である金融機関の経営状況を過大視して、副作用を理由に、目的そのものを達成しないまま政策を転換するのは順序が逆である。デフレからの完全な脱却という目的が果たされて初めて、正常化の議論が意味を持つ。

第三に、物価上昇率が2パーセントに達したのだから目標は達成されたという主張がある。物価安定の目標は、単月や単年の数字ではなく、安定的かつ持続的に達成されることを要件としている。輸入コストという外から来た要因で一時的に上振れし、一時的に2%にタッチしただけの物価は、これを満たさない。企業が原材料や人件費の上昇分を製品に対して転嫁を躊躇せず行え、それが労働者の賃金に還元される循環が定着したかどうか。判断すべきはそこである。

いま決めるべきこと

金融緩和は、デフレからの完全な脱却と、企業が正当に価格転嫁できる環境をつくるために不可欠である。引き締めの判断は、実質賃金の持続的な上昇が複数年にわたって確認されてからでよい。

同時に、政策決定に関わる情報が事前に外部へ流れる事態を根絶し、決定過程の透明性を確保すること。そして政府と日本銀行の共同声明(アコード)を、デフレ脱却が完了していないという認識のもとで再確認する必要がある。

2000年と2006年、日本銀行は物価の一時的な改善を根拠に引き締めへ転じ、二度とも撤回を余儀なくされた。三度目を繰り返さないことが不可欠だ。